コーチときどきセラピストゆうこの好きなこと・感じたこと

コーチときどきセラピスト、未来に向けて学びの中の日々徒然

その問題を見つめることで、身体の痛みが減っていくことがある

身体の痛みは心と連動している、と言われます。

その理論で施術しておられる方のホームページやブログをみていて受けた印象は「身体の痛みを治していけば、心の痛みも変わっていく」でした。

最近起きている、謎の腰痛や、わからない肩の痛み、これってもしやそっち系?

「意識と体を変え、本当の自分を生きるためのマッサージ」をキャッチコピーとされているライフヒーリングアクシスの大塚宮凰さんに施術をお願いしました。

www.lifehealing-asis.jp

そこで受けた「ソフィアのアロママッサージ」ほんま素晴らしかったー。

施術中は、場所によってすごく痛いのです。

でもそこから逃げられないし、逃げようとも思わないのです。

ポイントポイントで、宮凰さんのお話に耳を傾け、そこから出る自分の言葉を一つ一つ吟味していきました。

時として、なんとなくイメージで見つめることもありました。

痛いのに、伝えられるメッセージは「もう忘れていたけど、そうやったわ」ということばかり。

あるポイントで、めっちゃ痛い!!

その痛みの中で、私の中から出てきた言葉が「バレてはいけない!」なのです。

「意味わかんないです。でもバレてはいけない、なの」

それは、大人ではなく、ものすごく幼い、しいて言えば赤ちゃんレベルで小さいことのことのようでした。

そのことを伝えて、そして聞いた言葉から、長く長く持っていたであろうわたしの緊張がゆるゆると緩んでいくのでした。

身体の痛みを治していくと心が勝手に変わるというのとはだいぶ違っていて、身体の痛みを起こしたものを見つめ認めることで、緩んで痛みが収まっていく、というのが実際私の身体で起こっていたこと。

と、同時に、小さい頃から常にある「胃の痛み」も緩んでしまってました。

わたしってば、赤ちゃんの時に強烈すぎるストレス受けて、胃炎になってそのまま持ってた模様。なんてことも、すーっと自分に入っていく。

その他にも「卑屈であること」「嫉妬」そんなことも自分で見つめながら、どんどん身体が緩んでいくのを感じました。

このマッサージ、本当に素晴らしいのです。

でも、マッサージの間にはしんどいことを見つめる、認めるという作業も入ってきます。本気で自分を深く癒やしたい、とか、心の底からかわりたい、とか言う方にはすっごくおすすめです。

とはいえ!

長年の腰痛とか肩こりは本当の肉体疲労、使いすぎだから、すぐには治らないです。

例えて言うと、痛いのが普通になっているので、楽になっても痛い方に行こうとする身体であるということ。

そうならないように、これはやったほうがいいよーということも教えてもらいました。

しばらくメンテナンスに通いながら、バランスボールスタートせねば。

施術は90分でしたが、長い旅をしたような90分、素敵な体験でした。

学んだことは、あなたの血肉になる

ふと、昨日友人に「学ぶこと」の話をしていた時に湧いてきた言葉。

「それって別に仕事にもならんし、私に何の得にもならんのよ。でもさ、学んだことは必ず自分の血肉になると思うねん」

 

わたし、今までたくさん学びました。
たくさん資格講座も行きました。

なんであんな一生懸命やったんやろ。
多分だけど、陥っていることやしんどさやらの本質が知りたかったから。

多いんじゃないでしょうか、同じような人。

あ、学んでる最中は、「どう活かそうか」「何ができるか」って考えてるのです。
で、なんとなく「あれできる」「これできる」って疑似わくわくになるのです。

そんでね、「どう活かそうか」「何ができるか」なんて考えてたら、内外のこんな声に反応するのです。

「学んだことはアウトプットしないと学んだことにならない」

「そんな学んでばっかりで何がしたいの?」

そして、そこに使った金額を思って、何もできてない自分に罪悪感を覚えるのです。

今、思うことは、「自分のしんどさを癒やしたい」「もっとよく生きたい」だったんだなーということ。

そして、もう一つ思うのは、「本当に何にもなってないのか?」ということ。

学んだ知識は、自分の知的好奇心を満たしてくれました。
学んだ仲間は、一緒に何かをする仲間になりました。
学んだスキルは、仕事をする上で、自分が何かをする上で、とても助けになっています。
学んだこと、その仲間から新しい世界が広がりました。
自分が、よく生きていく考えや手段を少しずつ身につけてきました。

これって、全部形を変えたアウトプットなのです。

 

最近、「おそらく、ほんまはこれが知りたい根本にあったんだ」ということを発見しました。

これについては長い期間のインプットになるのでしょう。

今までと違うことは、そのことは、しんどさを癒やしたい、ではないということ。

そして、冒頭の言葉になったのです。

それと同時に、私が今まで学んできた、何かをしてきた過程は、全て自分の血肉になっている、と確信できました。

 

きっと誰もが、「どうしてアウトプットできないのだろう」と悩むことってあると思うのです。

でも、どんな形であれ、学んだことはあなたの血肉になっているのです。

 

ある集団に新しく参入するってのは不安だし、その不安は健全なことなのよ

私には、在家から得度して僧侶になった友人が複数人います。

その一人から、得度前に「得度ブルーかもしれない」と言う言葉を聞きました。

得度ブルー=いわゆるマリッジブルー的なもの。

本人にとっては、今まで知らなかった新しい世界に入っていくのだから、不安で当たり前だし、だからこそ、その不安の気持ちの現れなんですよね。

期待と不安がないまぜになって、もやもやする気持ち、これがマリッジブルーなり得度ブルーなりと言うもんじゃないでしょうか。

結婚は、以前は(一部では今でも)女性が男性の家に入るというのが当たり前でした。
だからこそ、女性の方が未知の世界に入ることが多くて、そりゃ不安にもなりますよ。

これって、たとえば、新入社員が新しい会社に入る時、何かの団体に所属する時なども同じようなことが起こってると思うのです。

そのとき、元あるグループ、例えば男性側の家、会社、グループの既存のメンバーは、新しくはいってきた人を暖かく迎え見守るという態度があれば、早い段階でその不安は解消されていくのでしょう。

でも現状は、グループは、はいってきた方に馴染むことを無意識に強要するっていう感じを受けるます。そのために、入っていく側がいろんな前準備をするみたいな。

これは、侵入者から団体を守るという無意識が働いてるとはおもうのですが、多勢に無勢、多いほうが少し歩み寄っていただけないものだろうかとも思うのです。

グループ側が暖かく迎える態度というのであれば、新参者として入っていく方はどうでしょう。

自分がその団体のメンバーより仮に優れていたとしても、先にいたメンバーやそのグループへの敬意を持って参入することを意識していくことで、その団体と早めに馴染めるんじゃないでしょうか。

ところで、ちょいちょい聞く「不安を持っていると不安を引き寄せる」「ポジティブにはポジティブがついてくる」、いわゆる引き寄せの法則的なもの

だから不安はあかんって思う人もいるみたいですが、この○○ブルーの不安って持ってて当然なのです。

未知の世界に入るのに、不安がなかったら逆に言うと身を守る術すらない。
不安にまみれてはいけないのだけど、期待:不安が7:3くらいが健全なんやで、ということを先日カウンセリングの師匠に教えていただきました。

ヘンに「ポジティブにならないといけない」とか「不安を持っててはいけない」に縛られると、余計に変な鎧をまとってしまうことありませんか?

「不安だけど期待」という健全さをお互いが持てば、人間関係もそれなりに健全なところで構築できるんじゃないの?という期待を持っているのです。