コーチときどきセラピストゆうこの好きなこと・感じたこと

コーチときどきセラピスト、未来に向けて学びの中の日々徒然

ある集団に新しく参入するってのは不安だし、その不安は健全なことなのよ

私には、在家から得度して僧侶になった友人が複数人います。

その一人から、得度前に「得度ブルーかもしれない」と言う言葉を聞きました。

得度ブルー=いわゆるマリッジブルー的なもの。

本人にとっては、今まで知らなかった新しい世界に入っていくのだから、不安で当たり前だし、だからこそ、その不安の気持ちの現れなんですよね。

期待と不安がないまぜになって、もやもやする気持ち、これがマリッジブルーなり得度ブルーなりと言うもんじゃないでしょうか。

結婚は、以前は(一部では今でも)女性が男性の家に入るというのが当たり前でした。
だからこそ、女性の方が未知の世界に入ることが多くて、そりゃ不安にもなりますよ。

これって、たとえば、新入社員が新しい会社に入る時、何かの団体に所属する時なども同じようなことが起こってると思うのです。

そのとき、元あるグループ、例えば男性側の家、会社、グループの既存のメンバーは、新しくはいってきた人を暖かく迎え見守るという態度があれば、早い段階でその不安は解消されていくのでしょう。

でも現状は、グループは、はいってきた方に馴染むことを無意識に強要するっていう感じを受けるます。そのために、入っていく側がいろんな前準備をするみたいな。

これは、侵入者から団体を守るという無意識が働いてるとはおもうのですが、多勢に無勢、多いほうが少し歩み寄っていただけないものだろうかとも思うのです。

グループ側が暖かく迎える態度というのであれば、新参者として入っていく方はどうでしょう。

自分がその団体のメンバーより仮に優れていたとしても、先にいたメンバーやそのグループへの敬意を持って参入することを意識していくことで、その団体と早めに馴染めるんじゃないでしょうか。

ところで、ちょいちょい聞く「不安を持っていると不安を引き寄せる」「ポジティブにはポジティブがついてくる」、いわゆる引き寄せの法則的なもの

だから不安はあかんって思う人もいるみたいですが、この○○ブルーの不安って持ってて当然なのです。

未知の世界に入るのに、不安がなかったら逆に言うと身を守る術すらない。
不安にまみれてはいけないのだけど、期待:不安が7:3くらいが健全なんやで、ということを先日カウンセリングの師匠に教えていただきました。

ヘンに「ポジティブにならないといけない」とか「不安を持っててはいけない」に縛られると、余計に変な鎧をまとってしまうことありませんか?

「不安だけど期待」という健全さをお互いが持てば、人間関係もそれなりに健全なところで構築できるんじゃないの?という期待を持っているのです。