コーチときどきセラピストゆうこの好きなこと・感じたこと

コーチときどきセラピスト、未来に向けて学びの中の日々徒然

学んだことは、あなたの血肉になる

ふと、昨日友人に「学ぶこと」の話をしていた時に湧いてきた言葉。

「それって別に仕事にもならんし、私に何の得にもならんのよ。でもさ、学んだことは必ず自分の血肉になると思うねん」

 

わたし、今までたくさん学びました。
たくさん資格講座も行きました。

なんであんな一生懸命やったんやろ。
多分だけど、陥っていることやしんどさやらの本質が知りたかったから。

多いんじゃないでしょうか、同じような人。

あ、学んでる最中は、「どう活かそうか」「何ができるか」って考えてるのです。
で、なんとなく「あれできる」「これできる」って疑似わくわくになるのです。

そんでね、「どう活かそうか」「何ができるか」なんて考えてたら、内外のこんな声に反応するのです。

「学んだことはアウトプットしないと学んだことにならない」

「そんな学んでばっかりで何がしたいの?」

そして、そこに使った金額を思って、何もできてない自分に罪悪感を覚えるのです。

今、思うことは、「自分のしんどさを癒やしたい」「もっとよく生きたい」だったんだなーということ。

そして、もう一つ思うのは、「本当に何にもなってないのか?」ということ。

学んだ知識は、自分の知的好奇心を満たしてくれました。
学んだ仲間は、一緒に何かをする仲間になりました。
学んだスキルは、仕事をする上で、自分が何かをする上で、とても助けになっています。
学んだこと、その仲間から新しい世界が広がりました。
自分が、よく生きていく考えや手段を少しずつ身につけてきました。

これって、全部形を変えたアウトプットなのです。

 

最近、「おそらく、ほんまはこれが知りたい根本にあったんだ」ということを発見しました。

これについては長い期間のインプットになるのでしょう。

今までと違うことは、そのことは、しんどさを癒やしたい、ではないということ。

そして、冒頭の言葉になったのです。

それと同時に、私が今まで学んできた、何かをしてきた過程は、全て自分の血肉になっている、と確信できました。

 

きっと誰もが、「どうしてアウトプットできないのだろう」と悩むことってあると思うのです。

でも、どんな形であれ、学んだことはあなたの血肉になっているのです。